| 寛永 9年(1632年) | 細川忠利、肥後藩主として入国 |
| 寛永13年(1636年) | 国分御茶屋作事はじまる |
| 同 上 | 同時に御寺の作事もはじまる |
| 同 上 | 豊州国羅漢寺が国分御茶屋へ移り、水前寺と呼ばれる |
| 正保 3年(1646年) | 国分御茶屋はすでに水前寺所有となり、水前寺の御茶屋と呼ばれる |
| 寛文 5年(1665年) | 水前寺が廃寺になり、御茶屋は水前寺所有から肥後藩の所有になる |
| 寛文10年(1670年) | 水前寺の普請、作庭がはじまる |
| 同 上 | 水前寺普請奉行に元田八右衛門があたる |
| 寛文11年(1671年) | 水前寺の作庭、酔月亭の仕事が引き続き行われる |
| 同 上 | この年庭の大体が出来上がり、水前寺成趣園と名付けられる |
| 元禄16年(1703年) | 御茶屋(酔月亭)が修復される |
| 享保期 | 庭に手を加える |
| 宝暦 5年(1755年) | 酔月亭を残し、他の建物取り壊される |
| 明和 5年(1768年) | 庭園に赤松が植えられる |
| 安永 5年(1776年) | 御馬場が出来る |
| 天明 4年(1784年) | 花壇に孟宗竹を植える |
| 寛政 2年(1790年) | 酔月亭が修復される |
| 明治 2年(1817年) | 廃藩置県が行われ、藩主は東京に移住。水前寺成趣園は官有となる |
| 明治10年(1877年) | 西南の役で御茶屋酔月亭は焼け、成趣園も荒廃した |
| 明治11年(1878年) | 出水神社が成趣園内に建設される。成趣園は神社の社地(神苑)として、 官より払い下げられる |
| 同 上 | 出水神社能楽堂が建てられる |
| 明治12年(1879年) | 石橋が二箇所でき、沢飛びが移設される |
| 大正 元年(1912年) | 酔月亭跡に、古今伝授之間が移築される |
| 大正13年(1924年) | 熊本市電が成趣園の入り口まで開通 |
| 大正14年(1925年) | 動物園が開設される |
| 同 上 | 熊本市は成趣園を出水神社から借り受け、通称「水前寺公園」で、一般公開した |
| 昭和 4年(1929年) | 国の名勝・史跡に指定されて熊本市が文化財の管理団体となる |
| 昭和35年(1960年) | 熊本能楽協会主催で第一回「出水神社薪能」が開催される |
| 昭和39年(1964年) | 古今伝授之間、熊本県重要文化財建造物に指定される |
| 昭和40年(1965年) | 出水神社能楽堂が焼失 |
| 昭和41年(1966年) | 水前寺公園(成趣園)が出水神社に返還される |
| 昭和44年(1969年) | 動物園が江津湖湖畔に移転する |
| 昭和61年(1986年) | 出水神社能楽堂が八代にある松井家より移築される |