武田流騎射流鏑馬

流鏑馬

流鏑馬(やぶさめ)とは、疾走する馬に乗りながら鏑矢(かぶらや。音の鳴る矢)を射る行事のことです。


平安時代から鎌倉時代にかけて武士の間で流行しました。神事だったりスポーツだったり武術だったりと時代によって用途が異なりますが、現代では専ら神社などでの豊作祈願といった奉納行事として行われています。


約200メートルを走り、その間に三つの的に向かって矢を放ちます。


 



武田流騎射流鏑馬

武田流騎射流鏑馬は、(900年ごろ)文徳天皇の皇子である貞純親王が祖とされ、清和天皇の皇子・源能有に伝えられます。


その後、7代を経て武田家小笠原家に分かれ、武田流は武田家最後の信直細川藤孝(幽斎)と親戚関係であったため、藤孝(幽斎)に伝えられます。そして、藤孝(幽斎)、忠興(三斎)、忠利と細川家内で続き、忠利からは家臣の竹原惟成へ伝えられました。


現在では武田流騎射流鏑馬は熊本県の無形文化財に指定され、同保存会県の指定文化財に登録されています。


毎年細川家ゆかりの水前寺公園内にある出水神社で、4月24日前後の休日と10月17日に行われる春秋例大祭の奉納行事として、年2回行われています。