【古今和歌集】補足

紀貫之(きのつらゆき)

生年は諸説あり貞観8年(866年)、または貞観14年(872年)が有力。 没年は 天慶9年(945年)。


平安時代前期に活躍した歌人で随筆家でもあります。


醍醐天皇によって選ばれた「古今和歌集」の撰者の一人で、従兄弟の紀友則の死後は、編纂の中心的な人物になります。また、後年は同じく醍醐天皇の勅命で「新撰和歌集」の編纂にも携わります。


貫之は、男性でありながら女性が使うとされてきた仮名文字に傾倒します。そして古今和歌集の仮名序を手がけ、さらに女性の文体を装い、土佐から京都までの紀行を平仮名で綴った「土佐日記」を書きます。


 



紀友則(きのとものり)

生年不詳。没年は延喜7年(907年)。


平安時代前期の歌人で、紀貫之とは従兄弟にあたります。


醍醐天皇の勅命により「古今和歌集」の編纂を任されますが、完成をみることなく死去。「古今和歌集」には友則の死を悼む貫之・壬生忠岑らの歌が収められています。


「久方のひかりのどけき春の日に しづ心なく花のちるらむ」


この歌は小倉百人一首のなかでも特に有名な部類に入ると思います。