「歌の様は得たれども、まこと少なし」

僧正遍昭(そうじょうへんじょう) 弘仁7年(816年)~寛平2年(890年)


俗名は、吉岑宗貞(よしみねのむねさだ)で通称は良僧正・花山僧正。桓武天皇の孫にあたります。


嘉祥2年(849年)、蔵人頭(秘書のような職)に任命されますが、翌年嘉祥3年(850年)に仁明天皇の崩御(亡くなる)とともに出家します。


比叡山に入り、最澄門下の円仁と円珍のもとで修行し、比叡山密教を学びます。


後年、僧正に任ぜられ、890年(寛平2年)75歳で死去します。


惟喬(これたか)親王や小野小町と親交があり、歌のやり取りをしています。


古今和歌集には17首。紀貫之補足)の評価は「歌の様は得たれども、まこと少なし。たとへば絵にかける女を見て、徒に心を動かすが如し」(歌の形や趣向はよいが、現実味に欠ける。例えば絵に描いた女を見て、無駄に気を惹かれるようなもの)

 
代表的な歌
   「天つ風雲の通い路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ」


 

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