加藤清正(かとうきよまさ)

加藤清正は、細川家の前に熊本を治めていた加藤家の初代です。名君であり、築城の名人、土木の神様としても知られています。

清正公さん(せいしょこさん)の愛称で親しまれています。
彼の手がけた「熊本城」は、「大坂城」、「名古屋城」と共に「日本三名城」と称されています。「熊本城」は実戦を想定して造られ、非常に堅牢な城になっています。後年、西南の役のとき西郷隆盛が「清正に負けた」と嘆いた話は有名です。


慶長16年、豊臣家恩顧の武将であった清正は、豊臣秀頼と徳川家康の二条城会見を成功させたあと病没。三男の忠広が跡を継ぎますが、幕府との騒動が原因で肥後藩主を改易され、出羽庄内藩(現・山形県)へ預けられ、堪忍分として一万石を与えられました。



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