細川家の肥後入封3 ~新藩主の対応~
時代は戻り寛永9年(1632年)、関ヶ原の功績や幕府からの信頼も加味され、加藤家改易後の肥後熊本に細川家が入国します。
2代・三斎は八代城を隠居城とし、3代・忠利は熊本城主になります。
細川家が入国する際、忠利は行列の先頭に加藤清正(補足)の位牌を掲げ、熊本城に入城する際は大手門で額を地面につけ、天守に上ったときは加藤家の菩提寺本妙寺に向かって頭を下げた、という話があります。
熊本は依然として清正人気の根強い土地です。加藤家に対して礼を尽くすことで、細川家に対する反感を少しでも減らそうと気をつかったのかもしれません。
以後、細川家は加藤家の代わりとして、明治維新まで肥後54万石を治めます。