切磋と琢磨
熊本における能が危ぶまれる中、八代城主の後裔で前出水神社宮司・松井閑花氏は熊本金春流の中心となり、「金春松融会」を組織し、新座の伝統保持に尽力されました。
氏の下からは多くの能楽師が育ちましたが、職業能楽者はひとりとしてでてはおりません。
これは、芸事は生涯修行を行い、その技を磨き、己を高めていくものであり、決してそれにより利を得るものではない、という氏の一貫した考えによるものであります。
熊本における能が危ぶまれる中、八代城主の後裔で前出水神社宮司・松井閑花氏は熊本金春流の中心となり、「金春松融会」を組織し、新座の伝統保持に尽力されました。
氏の下からは多くの能楽師が育ちましたが、職業能楽者はひとりとしてでてはおりません。
これは、芸事は生涯修行を行い、その技を磨き、己を高めていくものであり、決してそれにより利を得るものではない、という氏の一貫した考えによるものであります。