滅亡と復興

明治維新は、わが国の能楽に滅亡寸前を思わせる危機的状況をもたらしました。


熊本の能楽も維新直後は衰微しましたが、西南の役以後社会が安定してくると、本座、新座の以前からの活動基盤であった祇園、藤崎両社の祭礼能のほかに、加藤神社、出水神社の祭礼能も加わり、徐々に復興してまいりました。


ただこの時期特筆すべきは、熊本の能役者の多くが東京へ出て活動し、中央の能楽界に大きな役割を果たした事実であります。


そのためか、熊本の能楽は昭和になると段々と不振になっていきます。


これは、本座の中心だった友枝家、新座の中心だった桜間家が共に本拠を東京に移し、能界の家元体制下に組み込まれていったことも一因であると思われます。


 

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