加藤清正と中村庄兵衛
秀吉の時代、肥後藩主となった加藤清正も能楽に力を入れています。
慶長11年前後、金春流の能役者・中村勝三郎(後の庄平衛)政長を500石で召し抱えています。
中村は、豊臣秀吉や徳川家康がひいきした金春太夫安照(法名禅曲)の愛弟子で、金春流の奥義を免許され、多くの書物を相伝されていました。後に中村流と称されるようになった肥後金春流の祖が、この中村庄兵衛です。
秀吉の時代、肥後藩主となった加藤清正も能楽に力を入れています。
慶長11年前後、金春流の能役者・中村勝三郎(後の庄平衛)政長を500石で召し抱えています。
中村は、豊臣秀吉や徳川家康がひいきした金春太夫安照(法名禅曲)の愛弟子で、金春流の奥義を免許され、多くの書物を相伝されていました。後に中村流と称されるようになった肥後金春流の祖が、この中村庄兵衛です。