武人

篭城のことを聞いた智仁親王幽斎の身を案じ、7月27日に用人・大石甚助田辺城補足)へ派遣して開城を勧めますが、幽斎はこれを「武人として本意ではない」と拒否。


29日、使者を通じて古今伝授関係の資料を収めた箱と古今伝授証明状を送ることで、親王に対する古今伝授を完了させます。


このときに添えられた、短冊に書かれたのがこのときの心情をあらわすこの歌、

           
    「古へも 今もかはらぬ世の中に 心のたねを のこす言の葉」


幽斎の決死の覚悟は後陽成天皇の耳にも入りました。天皇は、大徳寺にいる幽斎の弟・玉浦(ぎょくほ)和尚に幽斎を説得するよう依頼をしますが、玉浦和尚は兄・幽斎の武人としての心情を汲み、辞退します。


そこで今度は京都所司代・前田玄以に勅使を出され、幽斎の説得を命じます。
玄以は勅命に従い、子の茂勝を田辺に遣わして幽斎を説得しますが、幽斎はこれも拒否。


幽斎の意志は固く、説得は不可能かと思われました。


 

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