人柄
細川幽斎は、武人としてだけではなく文人としても名高い人物です。
多くの弟子をもち、敵軍の中にも幽斎の弟子は少なからずいたものと思われます。仕方なく敵になっている者は、その旨を幽斎に伝えるため使いをだしたり手紙を送ったりしました。
実際、そのことを証明するかのように、銃撃戦の時には弾を込めずに空砲を撃っていたとの話もあります。藤掛永勝、谷衛友、小出吉政、川勝秀氏などがそうで、幽斎夫人・光寿院がそのことを記録していたおかげで、彼らは西軍であったにも関わらず、戦後、所領を没収されずにすんだということです。
また、幽斎は和歌にも精通しており、藤原定家を祖とする二条家流歌道の奥儀とされる「古今伝授」を、三条西実枝から受け継いだ唯一の人物でもあります。
幽斎は、自分が死ぬことによって古今伝授が途絶えてしまうことを心配し、伝授の途中であった八条宮智仁親王へ、古今伝授の資料を献上したいと伝えます。