決意
畿内の制圧を開始した西軍は、丹後にある細川忠興の居城・田辺城(補足)にも侵攻をはじめます。
細川家は丹後一国を掌握するため、田辺城・宮津城・峰山城・久美浜城の四つの城を拠点としていました。
田辺城城主・細川忠興をはじめとする四つの城を守る諸将は、上杉討伐のため関ヶ原へ向かい留守。
残ったのは宮津城で隠居をしていた忠興の父・幽斎、忠興の息女に側室。峰山城には忠興の弟・妙庵に興元夫人。そして久美浜城には重臣・松井康之(補足)の妻。
忠興の妻・ガラシャ夫人の死や田辺城侵攻の話を聞いた幽斎は、総勢15,000もの圧倒的な戦力に立ち向かうため、全兵力を田辺城に集中させ篭城することにしました。