細川家後継者
細川幽斎は、当時の歌壇における最高の奥儀「古今伝授」を授かりました。また独自に研究を重ね、各分派を一つにまとめあげた、「古今伝授」を語る上で欠かすことのできない人物です。
※名前は萬吉=藤孝=幽斎
生年は天文3年(1534年)、没年は慶長15年(1610年)。
幽斎の父は室町時代の武将・三淵晴員(はるかず)で、母は清原宣賢(のぶたか)の娘です。
晴員は妻を京都の岡崎にある屋敷に住まわせ、彼女はそこで男の子を出産して萬吉(まんきち)と名付けました。この「萬吉」が、のちに「細川幽斎」と呼ばれる人物になります。
天文7年(1538年)、晴員は、萬吉を将軍・義晴に謁見させました。そこで晴員は義晴に対し、萬吉をもっと身分の高い家の後継ぎにしてほしい、と願い出ます。
それを聞いた義晴は、晴員の実兄・細川元常の養子にするよう命じます。この日より萬吉は細川家の後継ぎとなりました。