大伴家持によって「万葉集」が編まれてから100年ほど経つと、仮名も徐々に洗練され、「和歌」が詠まれるようになってきます。
和歌が上流階級に浸透すると、皆で集まって歌を詠み合う「歌合(うたあわせ)」 が開催されるようになります。
紀友則(補足)、紀貫之(補足)壬生忠岑(ただみね)、凡河内躬恒 (おおしこうちのみつね)。後に古今和歌集の撰者に選ばれるこの4人も歌合に参加し、歌人として成長していきました。