三条西実枝の不安

三条西実隆よりはじまった三条西家の古今伝授は、実隆から公条(きんえだ)、そして実枝と三条西家内で続きます。実隆や公条は、天皇に対し古今和歌集の講釈をするまでになり、古今伝授はいわば三条西家のものとして定着していきます。


そういった背景もあり、実枝は古今伝授が自分の代で途絶えたり、また他の家に伝わってしまうことで三条西家の独占状態が失われることを極端に恐れました。


本来ならば実枝から直接息子の公国へ相伝されるはずでした。しかし、年齢があまりにも離れているため(実枝60歳のとき公国15歳)実枝が存命中に相伝することは難しい。かといって他の公家に相伝するわけにもいかない。そこで苦肉の策として白羽の矢がたったのが細川幽斎でした。


 

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