二条為氏(にじょうためうじ)
貞応元年(1222年)~弘安6年(1286年)。鎌倉時代の歌人。藤原為家の長男。母は宇都宮頼綱女。歌道・二条派の祖。
弟であり歌道のライバルでもあった京極為教や冷泉為相とは仲が悪かったようです。
二条派は、南北朝時代になると南朝方に与し、保守的な歌風を広げます。意見を異にする京極派とは勅撰和歌集の撰者の座について争いますが、最終的に両家とも断絶してしまいます。
しかし、二条派の歌学や古今伝授は、その弟子たちによって受け継がれ、東常縁から飯尾宗祇、宗祇から三条西家へと、以降も永く後世まで伝えられていきます。