家紋(かもん)
本来、足利一門である細川家の代々の家紋は、「松笠菱」と呼ばれるものです。
永禄12年(1569年)、初代・細川藤孝(幽斎)が四国の三好山城入道から将軍・足利義昭を守った際、義昭から感謝状を貰い、「桐紋」「引輌紋(ひきりょうもん)」の使用が許され、正式な家紋となります。
またある時、2代・忠興(当時16歳)が織田信長の小刀の柄に九曜の彫刻があるのを見て気に入り、自分の帷子(かたびら)の紋につけます。後日、これを見た信長がわけを聞き忠興が話すと、信長から使用を許されます。以後「九曜紋」が忠興の定紋となります。
現在、私たちが目にする細川家の家紋は、ほとんどがこの「九曜紋」です。また、細川家の家紋として「桜」が使用されることもありますが、これは長年細川家が数寄(風流を好む)の家紋として用いているものです。