八条宮智仁親王の古今伝授

細川幽斎の古今伝授

細川幽斎から八条宮智仁親王への古今伝授は、篭城中に資料を譲渡するという非常に特殊な状況下で行われました。


しかし、その後、智仁親王の古今伝授資料の書写、整理など努力の甲斐あって、ほぼ完全な形として古今伝授は受け継がれました。古今伝授を受け継いだとき、智仁親王は幽斎と三条西家に対し礼をしました。


そして幽斎に、書き写した本と資料の収められた古今伝授の箱を返却することで、智仁親王への古今伝授は終了したのです。


この智仁親王への伝授がきっかけとなり、以降「古今伝授」が御所に入り、宮中において伝えられるようになります。


そして近世の歌壇において最も権威あるものとして、後世にて、宮中における古今伝授を「御所伝授」とも呼ぶようになりました。


 



御所伝授の成立

八条宮智仁親王は幽斎の死後、在位中の後水尾(ごみずのお)天皇に古今伝授を行います。


後水尾天皇は後陽成天皇の御子で、慶長元年6月4日に生まれ、同16年4月2日16歳のときに即位。智仁親王は叔父にあたります


寛永2年(1625年)、いよいよ八条宮智仁親王から後水尾天皇への古今伝授が相伝されます。


このとき智仁親王は47歳、後水尾天皇は30歳でした。


古今伝授は今回の伝授で御所に入ります。後世において「御所伝授」とも呼ばれるようになり、古今伝授は代々の天皇に受け継がれていきます。