美術品
古今伝授の間 ~美術~
「古今伝授之間」には桂宮家(八条宮家)ゆかりの建物とあって、高名な画人の作品が残されています。
海北友松の作品とされる「竹林の七賢」。
「竹林の七賢」は襖に描かれています。「雲龍」は杉戸に描かれているのですが、墨で描かれていたため、現在ではわずかにその名残が伺えるのみとなっています。
今年(2007年)からはそれらに加え、細川家4代・光尚が子供のころに書いたとされる手紙が展示されています。
海北友松 ~略歴~
海北友松(かいほうゆうしょう)
天文2年(1533年)~元和元年(1615年)。安土桃山時代~江戸時代初期の絵師。近江(現・滋賀県)生まれ。
友松というのは字(あざな)で、浅井長政の家臣・海北綱親の五男(三男という説も)として生まれました。
若いうちから禅門に入り、京の東福寺で修行している時に狩野派を習いました。
天正元年(1573年)織田信長の浅井家攻略により海北家が滅亡。還俗し、海北家の再興を目指します。
しかし、文禄2年(1593年)施薬院全宗の茶会で、豊臣秀吉に絵の才能を認められます。このことがきっかけで、晩年は画業に専念するようになったといわれています。
狩野永徳 ~略歴~
狩野永徳(かのうえいとく)
天文12年(1543年)~天正18年(1590年) 安土桃山時代の絵師 京都生まれ
狩野松栄の子で狩野元信の孫。
狩野派の棟梁として、織田信長や豊臣秀吉にも重用されたという桃山時代の日本画壇を代表する絵師です。
狩野派は室町時代中期(15世紀)から江戸時代末期(19世紀)まで約400年にわたって活動し、常に画壇の中心にありました。