古今伝授の間について
古今伝授の間 ~由来~
「火の国」熊本。239年もの間、肥後藩主を務めてきた細川家は、この熊本に多数の文化遺産を遺しました。
特に、今年(2007年)で築城400周年を迎える熊本城や、豊富な阿蘇の伏流水を湛えた水前寺公園は、熊本の観光には欠かせないものになっています。
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その水前寺公園内の一角に「古今伝授之間」と呼ばれる建物があります。
この茅葺き(補足)・書院造り(補足)の建物は、1600年(慶長5年)に細川家の初代・幽斎公が八条宮智仁親王に古今和歌集の奥儀を伝授した場所で、それが建物の名前の由来にもなっています。
古今伝授の間 ~建立~
昔、京都御苑の八条宮邸内に建てられた八条宮家初代・智仁親王の御学問所を、当時の材をそのまま使用して、大正元年(1912年)に水前寺公園内に移築、復元しました。
この「古今伝授之間」からは公園内を一望でき、かつての大名が愉しんだ景色を満喫することができます。
この「古今伝授之間」がいつ建てられたかを明確にする史料は残っておりませんが、八条宮家の創設が天正18年(1590年)、智仁親王が古今伝授を受けたのが慶長5年(1600年)ですからこの10年の間に建てられたのは間違いないと思われます。
古今伝授の間 ~過去~
八条宮家では「古今伝授之間」を永く保存したいと、2代目智忠親王の時、政情不安であった京都御苑から、当時八条宮家の領地であった長岡京市に移されました。そこでは、「長岡茶屋」とか「歌仙茶屋」とか呼ばれていたようです。
明治維新の際、桂宮家(旧・八条宮家(補足))より、「古今伝授之間」はゆかりのある細川家へと下賜されました。
そして大正元年(1912年)、水前寺公園内の御茶屋「酔月亭」跡に復元しました。
現在では熊本県の重要文化財に指定され、訪れた人たちを癒す憩いの場になっています。